トータル

「野垂れ死に」という言葉に強い魅力を感じたり、「自分は野垂れ死にしても構わない」という強い覚悟がある人以外は出来れば結婚、出産、子育てをすべきなんじゃねえかな、とも思います。

まあでも考えようによっては人間も動物ですから、野垂れ死にが普通なのかもしれませんが。
結婚出産家族の作成以外の方法で(自分がそこで死を迎えるだけの)コミュニティをつくれるものなのか、そういうこともトータルで考えるのも一つのアプローチなんじゃねえのかな、とは思いました。
昔は確かに不倫調査 富山『現代の権利感覚・幸福感・社会条件』から見れば異常ですね。しかし、なぜ昔は無理矢理にでも結婚させられていたのか、結婚す るという常識の圧力を大多数の人が甘受していたのか、端的には『個人では生きられない社会構造・経済原理』が支配していたからであり、『個人の集まりとし ての社会』という前提や機能がそもそもなかったからです。
近代的個人が出現したのは、産業革命による飛躍的な生産力の増大、貨幣経済(金 融経済)の浸透があったからで、『マンパワーのみに頼った仕事・生活』をしなければならない条件があれば、好きも嫌いもなく、人は誰かと常に家族になって 協力しないと生きていくこと自体ができなかったからと言えるんでしょうね。